
70年以上の歴史を持つJALグループは、航空業界の枠を超えた新たな価値創出に挑み続けてきた。そのフロンティアを切り開くべく、JAPAN AIRLINES VENTURESは米国シリコンバレーと東京の2拠点で活動し、世界中のスタートアップ企業との共創を加速させている。シリコンバレーでは、次世代モビリティや環境に配慮したサステナビリティ分野等における最先端のテクノロジーとビジネスモデルを有するスタートアップに投資し、東京では、JALグループの豊富なアセットとネットワークを生かし、新規事業の開発をリードしている。航空業界の知見とブランド力を活用した出資・事業開発のダイナミズムには、JALならではの視座と実行力が息づいている。
籔本祐介さん
日本航空株式会社 事業開発部 新規事業戦略推進室長(JAPAN AIRLINES VENTURES ゼネラルマネジャー)
2001年新卒で日本航空に入社。営業、経営企画室、広報を経験し、2018年に事業創造戦略部に配属となりシリコンバレーに着任。イノベーション関連業務に従事。プロアクティブな組織づくりを目指し、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)運営、マインドセット、協業を推進。23年度より、東京のJALイノベーションラボのGMとして帰国。イノベーションプラットフォームである「JAPAN AIRLINES VENTURES」(以下、JALV)を組成し、CVCからの出資、事業開発を推進。24年度より現職として東京、シリコンバレーを管轄している。
籔本 祐介 ― JALのイノベーションをけん引するキーパーソン
籔本 祐介さんのこれまでのキャリアについて教えてください。
2002年にJALに入社し、営業や経営企画、広報、新規事業開発など幅広い業務に携わってきました。2010年のJAL破綻時には経営企画室で国内線の事業計画を担当し、2013年の再上場後は広報・報道対応を担っていました。その後、新規事業の推進に関わるようになり、イノベーション領域へとシフトしました。

シリコンバレーでの経験について教えてください。
2018年からシリコンバレーに赴任し、情報収集がメインの業務でしたが、その後、JAL Innovation Fund(CVC)の運営に携わりました。ネットワークを広げる中で、投資や事業開発の活動を本格化させました。日本の商社や金融業界との関係も築きながら、社内外のコミュニケーションを強化し、JALのイノベーション戦略を推進してきました。
現在の役割について教えてください。
現在はJALVのゼネラルマネジャーとして、シリコンバレーと日本をつなぐ役割を担っています。次世代モビリティ、ライフスタイル変革、サステナビリティの3つの領域を中心に、新規事業の開発やスタートアップとの共創を進めています。事業のスケール化にも注力し、JALのイノベーションをさらに加速させるための取り組みを行っています。

CVC設立の背景に迫る
JALがCVCを設立した背景について教えてください。
JALがCVCを設立した背景には、スタートアップとの共創を通じて新たな事業機会を創出し、JALのビジネスを進化させるという狙いがあります。特に、シリコンバレーのスタートアップとの連携を強化し、次世代モビリティやデジタル技術の活用を模索するために、投資活動を本格化しました。
そのほかに、JALは、お客さまの旅を快適にするために多くの人員を配置しています。例えば、手荷物検査場では、お困りのお客さま一人一人に対応できるよう、スタッフを配置しています。しかし、人口減少が進むと、このようなサポートが難しくなる可能性があります。ホスピタリティの低下を防ぐため、JALは作業の効率化を図る技術や、省人化を実現するスタートアップへの投資も行っています。

なぜシリコンバレーに注目したのでしょうか?
日本国内のスタートアップは市場規模や成長スピードの面で限界があることが多く、グローバルな視点でイノベーションを取り込む必要がありました。シリコンバレーには、スケール可能な技術やビジネスモデルを持つ企業が多く、JALとしてもそこから学び、共創することが成長の鍵になると考え、海外のスタートアップと直接連携するには、CVCを通じた関係構築が効果的だと判断しました。
CVCの運用は一筋縄ではいかないことも多かったのではないでしょうか?
当初、JALは「一航空会社」として扱われることが多く、スタートアップから「何をしてくれる会社なのか?」と疑問を持たれることが多かったです。航空会社は移動サービスを提供するビジネスモデルであり、新たな技術を持つスタートアップに対してどのように価値を提供できるのかを明確にする必要がありました。また、投資活動だけでなく、JALの事業開発につながるかどうかを重視し、戦略的なバランスを考えながら運営することが求められました。

JALの実際の投資について
JALは自治体との連携を強化している。大企業、自治体、スタートアップ企業が重なることで起きるイノベーションについても触れていく。
JALと大分県の関係について教えてください。
JALと大分県の関係は、もともと JAL・別府市・立命館アジア太平洋大学(APU) の3者による連携協定からスタートしました。観光やモビリティの分野での協力が主なテーマで、これをきっかけに シリコンバレー訪問や、大分県別府市でのビジネスコンテストの開催など、さまざまな取り組みが生まれました。JALの社員が別府市に出向するなど、より深い関わりを持つ中で、大分県との連携が自然と強まっていきました。
また、大分県は宇宙関連の取り組みにも積極的で、日本国内で宇宙事業の拠点化を目指している数少ない地域の一つです。北海道、和歌山、沖縄と並び、宇宙産業の拠点化を進めている自治体の一つとして、JALの取り組みとも重なりがあり、自然な流れで関係が深まっていきました。

JALが自治体と連携する理由は何ですか?
JALが取り組む MaaS(Mobility as a Service) は、自治体との連携が不可欠です。例えば、電動キックボードは自治体とも連携しながら実証を進めその後、日本市場に「Lime」が参入したことをきっかけに、JALのマイレージとの提携など、航空業界とモビリティサービスの融合を模索しています。
いろいろなステークホルダーが関わるモビリティ事業において、新しい移動手段やサービスを日本で展開するためには、自治体の協力が欠かせません。モビリティ分野に限らず、多くの事業において自治体との連携が重要となっています。
スタートアップ企業にとっても、自治体が支援することによって思い切って実証実験を行うことができます。
今後も、大分県をはじめとする自治体との連携を強化し、地域の特性を生かした新しい価値創出を進めていきます。

新規事業戦略推進室のメンバーの役割を教えてください。
新しい事業案が生まれた際には、まずメンバー内で議論し、事業化の可能性を探ります。事業が実際に立ち上がる段階では、JALの他部門や外部の専門家とも連携し、スムーズな移行を支援しています。
また、事業が成長して独立する際には、新規事業戦略推進室から新たな組織を立ち上げることもあります。例えば、宇宙関連のプロジェクトが立ち上がった際には、当初のプロジェクト推進メンバーの一部が新たな組織に移ることで、スムーズなスタートを実現しました。
新規事業戦略推進室には事業をゼロから創り上げることが好きなメンバーもいれば、そうではない人もいます。分野への関心も人それぞれなので、担当する領域は基本的に本人の希望に基づいて決定されます。興味がないメンバーを無理にアサインしても、新規事業が実証実験止まりになってしまい、次の展開につながらないためです。
CVCの課題とは?
JALのCVCが直面している課題の一つは、新規事業が「なくてもいいもの」にならないようにすることです。大企業では、新しい取り組みが実証実験レベルで終わりがちで、次の予算獲得など新たな展開につながらないケースも多いです。これを防ぐために、CVCの役割として 「次のステップに進めるためのロードマップを描く」こと が重要視されています。
また、CVCの提案が他の部門に受け入れられないケースもあります。JALの各部門は、日々のオペレーションに従事しており、新しい技術やビジネスモデルの導入に慎重になることもあります。そのため、CVCが一方的に「これは良い技術だから導入すべき」と押し付けるのではなく、各部門と協力しながら彼ら主導で導入できる形を模索すること が重要となっています。

イノベーションへの取り組み
JALの機内食で提供されている海外スタートアップの商品について教えてください。
JALでは、Beyond Meat(ビヨンドミート) など、海外のスタートアップ企業が開発した革新的な代替食品を機内食やラウンジで提供する取り組みを行っています。これらの企業との協業は、JALが単に商品を購入するだけではなく、新たな食の選択肢を提供しつつ、スタートアップの成長を支援する という狙いもあります。
TCHO Chocolateとの取り組みについて教えてください。
サンフランシスコのスタートアップ TCHO Chocolate(バークレー発の100%プラントベースチョコレート)と協業し、JALラウンジでの提供を実現 した実績があります。JAL側からは、機内やラウンジで提供しやすい形状や包装についてフィードバックを行い、スタートアップの製品開発にも貢献しています。
Beyond Meat(ビヨンドミート)はどのように提供されていますか?
Beyond Meat は、植物由来の代替肉を開発する企業で、JALはこの製品を ビジネスクラスやファーストクラスの機内食で提供 しています。
具体的には、2食目の選択肢としてBeyond Meatのパテを使用したメニュー を提供しており、特に 健康志向や環境意識の高いお客様から好評を得ています。
JALは、Beyond Meatだけでなく、ロンドン発の代替肉スタートアップ Bettaf!sh(プラントベースの代替ツナを開発・販売)とも協業し、機内食としてオリジナルのラップサンドなどを提供しています。このような取り組みは、シリコンバレーのネットワークを生かして実現 したもので、JALのCVC活動の一環とも言えます。

JALの新規事業戦略――オープンイノベーションの最前線
JALでは現在、どのような新規事業の取り組みを進めているのでしょうか?
JALでは、さらなるオープンイノベーションの推進 を目的に、社内外での新規事業創出に力を入れています。その一環として、社外のアイデアを具現化するプログラム を展開し、ビジネスコンテストを実施しています。最優秀プロジェクトには1,000万円の協業費用を提供し、実際の事業化をサポートする体制を整えています。
JALには長年培ってきたブランド力やアセットがありますが、それだけでは今後の成長は難しいと考えています。スタートアップとの協業や社内の新しいアイデアを生かしながら、これまでにない価値を生み出すことが求められています。
――実際にどのような事業が生まれていますか?
アップサイクルビール「Japan Arigato Lager」

たとえば、空港ラウンジではご飯を炊き続けるため、どうしても余剰米が発生してしまうという課題がありました。この未活用の資源をビールの原料として再利用し、『JAL Arigato Lager』というオリジナルビールを開発しました。
実際に3か月で完売するほどの反響がありましたが、販路の拡大が難しく、現在は一旦休止しています。ただ、一度仕組みを作ったので、またラウンジなどで提供できる機会があれば、再び生産できる状態にはなっています。
パーソナライズ絵本

もう一つの取り組みがパーソナライズ絵本です。航空事業の未来を考えたとき、個別最適化されたワントゥーワンサービスの提供がより重要になると考えました。その第一歩として、お客さまごとにカスタマイズできる絵本を開発しました。
2023年12月に販売を開始し、現在までに約1,000冊が売れています。オンラインで名前やキャラクターデザインをカスタマイズし、1週間程度で絵本が届く仕組みです。現在はSNS広告を活用し、ターゲットを明確化しながら市場拡大を目指しています。
宇宙関連プロジェクト
宇宙分野でも新しい試みを進めています。大分県や他の企業と協力し、宇宙産業への参入を進めています。具体的には、「JAL STAR PASSPORT」という企画があり、宇宙関連の施設を巡り宇宙証印(スタンプ)を集めると、抽選で選ばれた方は、宇宙に送るパスポートに名前を載せることができ、国際宇宙ステーションでスタンプを押してもらえるといった商品を開発し販売しています。この企画によって、宇宙と人々、そして地域をつないでいくことを目指しています。
スタートアップ企業へ一言
日本の大企業とスタートアップが協業する際、出資関係ができると、大企業が親会社、出資された側が子会社のように扱われることがあると思われることがあります。実際にそういった話を聞いたこともありますが、当社は決してそのような関係を求めているわけではありません。足りないものが多い企業なので、そこを上手く補完できるスタートアップ企業の皆さまとWin-Winの関係を築き、お互いが対等な立場で成長していくことを大切にしています。
スタートアップの皆さんが私たちに対して遠慮してしまい、「大企業に商品を採用されること」をゴールとしてしまうことがあります。要するにブランドへの相乗りです。しかし、私たちは単なる営業目的のアプローチだけではなく、「JALと組むことでどんな新しい価値が生まれるのか?」を一緒に考えられるパートナーを求めています。プロダクトを売るだけでなく、その技術やアイデアをJALと掛け合わせることで、より大きなインパクトを生み出すような発想を持っていただけると、積極的な協業の深化につながると思っています。
JALはスタートアップに対して門戸を広げています。皆さんの技術やアイデアがJALの持つアセットと組み合わさることで、新しい未来を創造できると信じています。皆さんと一緒に新しいチャレンジができることを楽しみにしています!
