
後半では大東建託が生み出すオープンイノベーションについて深堀する。大東建託ではスタートアップ企業への投資は直接投資型で行っており、手法としてはTOPPAN社と同様である。
遠藤 勇紀 氏
学生時代の事業立ち上げ経験を経て、新卒でプライム上場企業の新規事業部門に参画。0-1の最前線からチームビルディングまで「社内新規事業立ち上げ」に特化したキャリアを歩む。
現職では社内ベンチャー制度を運営し、メンターとして伴走し社内起業家を支援。また、制度運営の傍ら自らも0-1に強いこだわりを持ち、自社アセットを活用した新規新規事業や出資も含めたオープンイノベーションによる新規事業の立ち上げに取り組む。
大東建託のオープンイノベーション
最近はオープンイノベーションを加速している印象があります。現状についてお聞かせください。
オープンイノベーションを進める目的として、まず大きな要因の一つが「リソースの問題」です。クローズドイノベーションでの事業立ち上げに取り組む中で、会社の収益の柱となる本業とのバランスの難しさは非常に大きな課題で大企業といえど無限に人がいるわけではありませんので、人手不足はどの企業も悩んでいる課題だと思います。
また、一方で事業立ち上げを専門とした優秀な人材の採用難易度が上がっている市況の中で、より多くの事業を生み出すためにはどうすべきかを人的リソース不足の面から考えたとき、大企業としての選択肢の一つがスタートアップとの連携という考えで直近の取り組みを進めています。
すでに特定の領域で事業開発を進め、知見を蓄えているスタートアップと組むことは、新規事業の創出や拡大において非常に有効な手段です。ベータ版の段階にある企業も含め、その領域に特化して開発を進めている会社と協業することで、スピード感を持って新たな価値を生み出せると考えています。
直近でも2件の協業に向けた出資をされたとのことですが、現在の協業や事業開発の状況についてお聞かせください。
直近では2社(株式会社Unito・iYell株式会社)の協業および投資を進めており、そのうちの一つが株式会社Unitoというホテル・民泊領域で「暮らしの最適化の追求」を目指している企業です。
当社は長らくレジデンスや賃貸物件を開発し、オーナー様に提供する事業を展開していますが、今回の協業ではこれらの収益物件や新たに建築する建物についてホテルや民泊として運用する新たな提案をオーナー様に向け共同で提案を行っています。
すでに協業がかなり具体的に進んでおり、現場からの問い合わせやオーナー様からの反応も非常に好調です。
一般的に大企業とスタートアップの協業では、シナジーの創出が難しいと言われることが多いですが、今回は保有するアセットをどのように活用するかを軸に検討したことが功を奏し、スムーズな協業が実現しています。アセットを活用した効果として現場のコンサルタント営業においても協業のイメージが湧きやすく、提案に向けた環境が整ってきています。
やはり、新規事業やスタートアップ協業を成功させる上では、既存のバリューチェーンや商流を大きく変えずに、新たな要素を加えることが重要です。
この考え方に基づいた協業を進めることで、現在は順調にシナジーを生み出せていると感じています。
連携を組むうえで大変なことはありますか?
現場にスムーズに受け入れてもらえる商品や環境を作るのが非常に難しく大変なポイントだと思っています。新規事業や新商品の協業案は、“オーナー様はもとより現場の社員のメリットがでるような仕組みや商品を協業の前提とする”ことを検討する上で常に意識しています。
実際に商品を売るのは現場社員の皆さんの力が必要不可欠であり、私の仕事は現場社員の皆さんが売れる事業を作り出し、その商品を売るための環境を整えることに尽きると思っています。
どのようにスタートアップとコンタクトを取っているのでしょうか?
既存のネットワークを通じたご紹介にはいつも本当に助けて頂いており、知人や関係者を介してスタートアップと繋がる場合が多いです。そのほかでは、自分自身でソーシングするためにホームページやSNSからご連絡をさせていただく事もことも多いです。
また、カンファレンスに参加したり登壇することで認知を広げる活動を継続しています。その結果、「記事を見ました」「イベント登壇を拝見しました」といった形で、インバウンドの問い合わせをいただくことも増えています。
現在私が出資の担当として関わっている2社に関しては、既存の投資家の紹介を通じてコンタクトを取りました。特に、スタートアップの前のシリーズで出資していた企業からの紹介で繋がるケースが多いです。不動産と一緒でやはり素晴らしい案件ほど、知らぬ間に前に決まってしまう事もたくさんあります。
また、既存投資家の紹介の案件の場合はスタート時から代表とお話しをさせて頂く場合も多く、意思決定のスピードも早く協業についてスムーズに協議することができるため、ある企業とは最初のコンタクトから約1.5か月で出資が決まるというスピード感も実現しております。
スタートアップ出資におけるチケットサイズの基準はありますか?
当社はファンドからの出資ではないため、案件ごとに判断しています。そのため、チケットサイズについて上限・下限を設けているわけではありません。
どちらかというと、協業を通じてどれだけシナジーを生み出せるかが投資判断の基準になります。ラウンドの縛りもないため、協業スキームや協業による売上成長のシナリオを描くことが最も重要となります。
また、協業領域としては、住宅関連を中心に介護などの領域についてもスコープとしています。基本的に当社の既存事業と親和性が高く何らかのアセットがあり、協業による売り上げ利益創出が見込まれる領域であれば検討可能です。ですので出資規模については柔軟に対応しつつ、最適な形で協業を進めていくことを優先するスタンスでオープンイノベーションを推進しています。
事業戦略部について教えてください。
事業戦略部の中に、オープンイノベーションを目的としたスタートアップとの協業機能を持つ形になっています。
また、M&Aの実行を担うチームとも連携しながら、成長戦略全体を考えているのが特徴です。単に投資を行うだけでなく、事業シナジーを生み出すことを前提に、M&Aやスタートアップ協業を組み合わせた戦略を策定しています。
他社のオープンイノベーションの目標としてよくあるのが、最終的に投資先のスタートアップにグループ内で事業を展開して頂くという形だと思っています。
当社としても協業のシナジーが出ており、スタートアップ様と当社がWin-Winの関係になる案件においては、将来的にそういった未来も描いていけたらと考えています。
スタートアップのIPOやM&Aについてのアプローチはどう考えていますか?
私自身はIPOやM&Aに関してはあくまでスタートアップ側の意向に寄り添いたいと考えています。例えば、「IPOを目指しているんです」というスタートアップに対して、いきなり「M&Aどうですか?」と提案するのは個人的に好きなコミュニケーションではありません。企業家としての気持ちを理解し、そのスタートアップが進むべき道を尊重することが大切だと思います。
実際に、今は5年前、4年前に比べてスタートアップが売り手市場になっており、私たちも選ばれる側に回っています。競合他社が多い中で、「出資をしてあげる」という感覚ではなく、スタートアップの方にどれだけ寄り添えるかが重要です。もしその気持ちに寄り添えず、ボタンを掛け違えてしまうと、出資のチャンスを失うことも十分に考えられます。
他社がイノベーションで陥る課題について
トップダウンで管理職をオープンイノベーションや事業連携の担当にする会社も多いと聞きますが、その点については、正直なところ違和感を感じます。私自身は、オープンイノベーションや事業開発に携わることができる人材を育成発掘もしくは外部から招聘することが重要ではないかと考えています。
当社でもその点に注力しており、オープンイノベーションを実現できる人材を育てるために、社内起業を経験させるような取り組みを行っています。これによって、将来的には事業開発がうまくいかなかった場合でも、社内での異動や別のオペレーション業務への参加など、別のキャリアパスを提供することができると考えています。
つまり、オープンイノベーションや事業開発に失敗しても、それがその人のキャリアにとって悪い影響を与えるのではなく、むしろ次のステップとして新たな機会を与えるという形が理想的だと思っておりそうした環境を当社は実現していると考えています。
他に散見される課題はありますか?
新規事業を作る際には、自分の考えに強いバイアスがかかっている方が多いと感じます。特に、論理的なデータに基づかず、自分の感覚や経験則で物事を進めようとする場合があります。その結果として、事業が思うように進まなかったり、リスクを見落とす事があります。
社内の新規事業を担当している場合、特にこういったバイアスが強く出やすいと思います。逆に、起業家マインドを持っている方は、アイデアを考えるよりも、まずはニーズや課題を見つけ、それを解決するためのアプローチを取ります。このアプローチは、特に資金調達を行う際には重要で、VC(ベンチャーキャピタル)から資金を調達するためには「課題があります」という点を明確にし、それをどう解決するかを示す必要があるからです。
しかし、社内新規事業の担当者の中には、そのプロセスを踏まずに「自分がやりたいこと」を先行して提案してしまうことがあり、その結果、ニーズがないことに気づかなかったり、実際には市場で売れなかったりすることがよくあります。身内の意見や自分の経験則を元に進めてしまうと、実際の市場ニーズとズレてしまうリスクがあるため、そこは注意が必要です。
オープンイノベーションに向いている人
オープンイノベーションに向いている人についてどう思いますか?
いろんな分野に興味を持ち、さまざまな領域に触れたり、新しいことに関心を持って試してみたりすることに達成感を感じるタイプですね。これは、オープンイノベーションの仕事が常に新しい事業やスタートアップに接することになるため、適応力が求められ、興味を持ち続けることが重要だと感じています。そのため、オープンイノベーションの仕事は、事業開発の可能性を広げることができる点に魅力を感じ、柔軟に新しいチャンスを見つけられる人に向いていると考えます。
そのほか、フロントには、若くアクティブでアグレッシブなタイプが向いていますね。スタートアップや新しい事業を扱う場面では、柔軟で素早い対応が求められるので、若いエネルギーを持つ人が前面に立つことが重要です。
スタートアップに向いている人についてはどう感じていますか?
スタートアップに向いている人は、自らで仕事を進めていきたい意識が強く挑戦的な人だなとスタートアップの皆さんと働く中で感じています。ちなみに前職の同期の中でもトップ層にいた人たちは、スタートアップに進んだ例も多く聞いています。スタートアップには、高い自由度と裁量を持ちながら、自分の力を最大限に活かせる環境があるため、優秀な人にとっては魅力的な選択肢なのだろうと感じます。
また、これからもその流れは続くと思います。スタートアップでは、給料が上がるチャンスも転職の機会も多く、特にできる人にとっては大きな成長の機会が待っています。やはり、優秀な人が集まる場所だと感じています。
さいごに
オープンイノベーションに関して、スタートアップに対してどんな考えをお持ちですか?
オープンイノベーションの観点で言うと、是非大企業のアセットを活用してより大きなビジネスを一緒に創っていきたいと思っています。
GAFAMのようにM&Aで吸収していく形が日本にピッタリだとは思いませんが、日本の大企業は日本なりのオープンマインドでスタートアップの皆さんと向き合いともに走ろうとしています。
その前提で私たち大企業側としてスタートアップと大企業の接着剤となるオープンイノベーション部門がどんなチームを作るべきか、どんな能力が必要かをきちんと考え組織を作ることがとても重要で、これがなければオープンイノベーションによる事業開発は進展が遅れると思います。見切り発車ではなく、しっかりと準備をして臨むことが大切ですし常に私たち自身がアップデートを続けていくことが本当に大切であると、今後の自らへの自戒の念も込めて結ばせて頂ければと思います。
produced by Sourcing Brothers | text and edited by Jinya Nakamura | photographs by Yuji Shimazak