
トップが自ら切り拓く、スタートアップとの共創戦略

「どんなときでも、どんな環境でも常に新しい挑戦ができる。エネルギーあふれる皆さんと一緒に仕事ができるのが心からうれしい。」
柔らかい笑顔でそう語るのは、株式会社アイティフォー代表取締役社長・佐藤恒徳氏。
同社は、地域金融機関や地方自治体、地方百貨店など、地域の暮らしや経済を支える中核的な企業・団体を中心に、ITとサービスを通じて支援を行っており、今年で創業53年目を迎える。
そんななか、金融・自治体・流通業界など、あらゆるフィールドで営業畑を歩んできた佐藤氏。
「ITの中身は詳しくない。でも、行間の向こう側で何かが動いている、その仕組みに毎日感動している」と語る。常に「お客様に寄り添い、支援したい」という強い想いを胸に、地域社会への貢献を目指してきた。
週末はゴルフに汗を流し、平日は始発電車で出社。オフィスには朝5時半に到着する。
「商店のシャッターを朝一で開けるような気持ちで、毎日をスタートしたい」
と語るその姿は、“IT企業の社長”という枠には収まらない。
そんな彼が今、真剣に向き合っているのが、「スタートアップとの共創」だ。
「技術がすごい、スピードが早い、それだけじゃない。彼らと一緒に働くと、“新たな風”が入ってくるんです。脳に風穴を開けてくれるような。だから、どんどんぶつかってきてほしい。」

“混雑”に革命を:バカン河野氏が描く「時間のやさしさ」

アイティフォーが出資したスタートアップの一つが、混雑可視化の技術を持つ「バカン」だ。
代表を務める河野剛進氏は、東京工業大学大学院で技術経営(MOT)を学び、三菱総研・グリーなどでキャリアを積んだ本格派。リアルタイム処理や画像認識の専門性に加え、海外法人設立の経験も持つ。
だが、彼がバカンを創業したきっかけは、「一人の父親」としての気づきだった。
「休日、子どもと出かけた先は、どのレストランも満席。空いている場所も分からない。せっかくの時間が“並ぶだけ”で終わってしまう。この“時間の損失”を何とかしたいと思った。」
「社会全体のムダを減らし、心の余白をつくる」。バカンのサービスが目指すのは、技術の高度化ではなく、人にやさしい社会の実現だ。
空間の空き状況をリアルタイムに可視化し、混雑を避けて快適に過ごせるようにする。
インバウンドが増加する中、この“空間を可視化する”サービスが、地方自治体や公共施設と親和性が高いことは明らかだった。
そんな中で出会ったのが、全国に顧客基盤を持つアイティフォーである。
「地方の役所や商業施設にアプローチできる営業網は、僕らにはない。でも、アイティフォーさんがそれを持っている。自分たちだけじゃ届かない人たちに、“快適”を届けられる希望が見えました。」

“伝わらなければ、売れない”:Payke古田氏の起業の原点

もう一つの提携先は、沖縄発のスタートアップ「Payke(ペイク)」。代表の古田奎輔氏は、高校中退後に沖縄へ移住し、琉球大学在学中の19歳で起業した。
起業の原点は、沖縄特産品を中国へ輸出した経験にある。
もずくやゴーヤを現地市場に並べても、消費者は「よくわからない」と言って手を出さなかった。
「いいものを持って行っても、“伝わらなければ売れない”という壁にぶつかった。物流よりも、情報の流通が大事だと実感しました。」
そうして立ち上げたのがPayke。商品に付されたバーコードをスキャンすると、多言語で情報が表示される。観光客・外国人居住者が、安心して買い物できる環境を整えるためのアプリだ。
しかし、コロナ禍で売上はほぼゼロに。数年間の“完全停止”を経て、2023年頃からV字回復。
再起をかけるフェーズで出会ったのが、アイティフォーだった。
「地方には、外国人観光客がよく訪れる。でも、言語面のサポートが足りない。アイティフォーさんと組めば、それを一気に変えられる。」Paykeがもたらすのは、地域の“売り逃し”を防ぐ情報インフラ。
それは、地方経済の循環を支える仕組みでもある。

三者が描く「地域還流型インフラ」の輪郭
この三者が目指すのは、バカンの空間可視化、Paykeの多言語翻訳、そしてアイティフォーの実装力・顧客基盤を掛け合わせた、“地域還流型”の社会インフラだ。
「空いている場所がすぐにわかるって、実は地方の暮らしにとってものすごく大事なんです。たとえば観光地で“どこに行っても混んでる”というだけで、移動の選択肢が狭まってしまう。僕らは、そうした不便をリアルタイムに可視化して、人の流れを最適化したいと考えています」
そう語るのは、バカン代表の河野氏だ。彼が思い描くのは、“空間”を情報に変えるインフラの実装である。
それに続けてPaykeの古田氏がうなずく。
「僕らは“情報”の側から、同じことを考えてきました。せっかく地方に来てくれた外国人観光客が、何が書いてあるかわからずに商品を棚に戻す。これはものすごくもったいないですよね。商品に詰まっている物語や価値を、きちんと“伝える手段”を提供したい。バカンさんが“行きやすさ”をつくるなら、僕らは“買いやすさ”を支える役目だと思っています。」
そして、そんな二人の話を聞きながら、アイティフォーの佐藤氏は
「なるほど。じゃあうちは、その両方を“実際に社会に届ける役割”を担おう。うちには全国の自治体や地場の百貨店、地域金融機関とのネットワークがある。その基盤を使えば、みなさんの技術とアイデアを“点”で終わらせずに、“面”として展開できるはず。」
こうして3者は、それぞれの強みを掛け合わせた「地域還流型インフラ」の青写真を描きはじめた。これは、アイティフォーが掲げる「地域環流型ビジネスを創出し、事業を通じて人々の豊かな時間を生み出す」という10年後のビジョンと、まさに一致するものだった。
観光地の“混雑情報”をバカンが提供し、Paykeがその土地の“特産品”や“文化”を多言語で伝え、アイティフォーがそれらを一つのプラットフォームにまとめて社会に実装していく――。
河野氏が言う。
「“空いてる”と“知ってる”がつながれば、人の行動ってすごく変わるんです。」
古田氏も続ける。
「“買える”がそこに加われば、地方の経済がちゃんと回る。」
そして佐藤氏は、満足げに笑ってこう締めくくる。
「“点”の便利さじゃなくて、“面”で価値を届ける。それが本当のDXでしょう。」

それぞれの“哲学”が信頼を築いた
この連携は、単なる“資本提携”にとどまらない。
そこには、人と人の信頼関係、価値観の共鳴があった。河野氏は、「理屈より、誠実さと実行力」が信頼の礎だったと振り返る。
「佐藤さんが“面白いと思ったからやる”と即断してくれた。それが一番大きかった」と語る。

古田氏は、「どれだけIPが守れるかより、“面白い未来を一緒に描けるか”」を重視。
スタートアップらしいオープンさで、信頼の輪を広げてきた。
そして、佐藤氏は言う。
「技術だけではダメ。思想や視点こそが価値になる。だから、私たちにどんどんぶつかってきてほしい。」

大企業とスタートアップの“共創のリアル”
この三者の連携は、大企業とスタートアップという“文化の違い”をどう乗り越えるか、という問いにも一つの答えを提示している。
「正直に言うと、最初はスピード感が合うかどうか、心配だったんです」と河野氏。
「大企業は意思決定に時間がかかるイメージがある。けれど、佐藤さんは“面白い”と思ったらその場でGOを出してくれる。その瞬発力には驚かされました。」
「僕もそうでした」と古田氏が続ける。
「技術を共有することへの不安はあった。でも、アイティフォーさんは“まず信頼から始めよう”というスタンスで、それがありがたかった。こっちも“これは守って、ここは開いていい”っていう線引きをしっかり伝えたら、むしろすごくスムーズに進んだ。」
文化の違い、スピード感、IPへのスタンス――。
それらを越えて、彼らが辿り着いたのは「対等な関係性」だった。
佐藤氏はこう語る。
「私たちがスタートアップを“支援する”なんて意識はない。一緒に進化する仲間だと思っている。だからこそ、違うことが面白いし、違うからこそ学べる。」
「どちらかが上とか下とかじゃない。違うから面白い」
この言葉に、三者の共通認識が詰まっている。

日本の“地方”にこそ、未来がある
人口減少、高齢化、産業の衰退――。今、日本の社会課題の多くが地方に集中している。
観光客は都市に集中し、情報インフラの整備も都市部が先行する。一方、地方では混雑を避ける手段も、商品の魅力を伝える仕組みも、十分には整っていない。
「混雑のない空間、ストレスのない行動動線、心地よい買い物体験。すべてが、技術だけではなく、“思想”と“信頼”で結びついていく。人生は一度きり、時間は巻き戻せない。だからこそ、その時間に価値を与える。私たちの仕事は、そこにある。」と佐藤氏は語る。
この言葉に、この連携の本質が集約されている。
“便利さ”の押し付けではなく、地域にとっての“本当に必要な体験”をつくる。
それぞれの企業が持つ技術、思想、ネットワークが有機的に絡み合い、やがて「地方に還流する未来のインフラ」へと進化していく。
彼らが目指すのは、「地方だから遅れている」ではなく、「地方だからこそ最先端」であるという社会のあり方。
その第一歩が、今、静かに、しかし力強く踏み出された。
