「次世代によりよい世界を」を掲げるクライメートテック・ESG領域のスタートアップ企業のアスエネ。CO2排出量見える化・削減・報告クラウド「アスエネ」等を用いて顧客企業の脱炭素化を支援している。同社の創業者であり代表取締役CEOの西和田浩平氏に起業ストーリーやこれからのビジョンを聞いた。
ご経歴を教えてください。
慶應義塾大学を卒業後、再生可能エネルギーにビジネスとしての可能性を感じて2009年に三井物産に入社しました。約11年、国内外で太陽光発電や風力発電などの新規事業開発や事業投資、M&Aに携わったのち、2019年9月に退社をし、2019年10月にアスエネを創業しました。
夢を追いかける前夜~未来の起業家の軌跡~
なぜ環境問題に着目したのですか?そのきっかけや理由を教えてください。
少し話が長くなってしまうのですが、今思えば子どもの頃から目的意識がとても強く、「何の役に立つのか」に対する解を自分の中で持てないと興味も持てない、という性格でした。算数などの勉強は得意でしたが、それが将来何の役に立つのか?を先生に聞いても、納得のいく回答が得られず、納得せずに考え続けていました。そんな中、中学生の時にMr.Childrenの桜井さんのライブに行き、音楽がこんなにも多くの人に感動を与えて行動を変えることができるのかと感銘を受けました。そこから自分も感動を与えられる側になりたいと思い、高校から大学にかけてはミュージシャンを本気で目指していました。
大学2年生の頃、目標のマイルストーンを達成できずに挫折を経験、音楽の道を一旦諦めました。音楽を辞めて「これから何をしようか」と考えていた時、桜井さんと音楽プロデューサーの小林武史さんが結成したBank Bandのライブに行き、そのライブMC中に桜井さんが「収益の一部を環境問題に取り組む企業や団体に融資や投資をしている」という話をされていて。ビジネスを通じて社会を変える仕組みをつくれるのか、と改めて感銘を受け、そこで初めてビジネスに興味を持ち、環境問題や社会の課題について調べ始めるようになりました。
当時はビジネス=環境問題という思考プロセスもなかったので、ビジネスがどのように社会問題、特に環境問題に貢献できるかを学び始めるために大学では環境経営学を専攻し、国際協力団体をゼロから立ち上げインドやネパールで教育支援などの活動も実施しました。
こういった経験が、私のビジネス×環境問題に対する理解と熱意が高まり、この道へ進むきっかけになりました。
ボランティアやエンターテイメントを用いた環境問題解決の手段もある中で、特に最終的に再生エネルギーに注目されたきっかけはありましたか?
多くの場合、当時は環境問題の解決がビジネスではなくボランティア的なアプローチに頼っていることに気がつきました。しかしその方法は持続可能ではなく、参加者にとって時間やおカネの観点で大きな負担になることが多いものです。
そこで、ビジネスを通じて環境問題を解決できないかと考えたときに、再生可能エネルギーがビジネスとして非常に有望であることに気づき、欧州に日本企業が太陽光や風力発電所を建設している事例に注目しました。2007年当時、再生可能エネルギーのコストはまだ高かったものの、将来的にコストが下がることが予測されており、それによってビジネスとして成立すると考えられていました。
このビジネスモデルには、すでに総合商社が投資をしているという実例があったので可能性を感じ、その分野に一番力をいれていた三井物産に就職を決めました。
商社マン生活~アスエネ創業までの道筋~
三井物産に入社されてどんなことをされていたんですか?
三井物産に入社後、日本から欧州や日本の再生可能エネルギー投資やM&A案件を担当し、その後ブラジルに駐在しました。ブラジルでは、中南米の再エネ・省エネ関連の投資案件に注力し、ベンチャー企業への出向を経験しました。この間、事業立ち上げ、M&A、ファイナンスに取り組みました。
三井物産でのご経験の中で最も影響を受けたことはありますか?
ブラジルにあるエコジェン社での仕事ですね。
エコジェン社は再エネと省エネを手がけるベンチャー企業で、当時三井物産が90%、東京ガスが10%の比率で買収した会社です。
その会社はブラジル人200人ほどの会社で、唯一の日本人が、三井物産の尊敬するエース上司で副社長兼CFOの重枝さんという方でした。私は彼の傍で何でもやるポジションで出向していたのですが、赴任してすぐに衝撃を受けました。僕が社会人になってから見てきた「できる人」のなかでも群を抜いていて、仕事や人間力などあらゆる面で圧倒されたのは鮮明に覚えております。
一例を挙げると、経営幹部同士の面談での意思決定のスピードがとにかく早かった。会議でもメールでもその場の応酬でやるかやらないのか、なぜそうすべきかの議論がハイスピードで決まっていく、その意思決定の速さ、質と手数の多さに圧倒されました。とにかく即レスが基本で、「日本と時差があっても即レスか遅くても12時間以内に返事をしないとダメ」だと教えられました。
「自分がかじ取りをするんだ」というオーナーシップも強烈でした。日本とブラジルで投資の戦略について議論する時、「ブレストなんて言っている時点で全然ダメだ」と言われたのです。自分で結論と理由の提案を先につくり、会議では意見をもらって微修正するぐらいじゃないと物事はいつまでたっても決まらない。「君が決めにいかないで誰が決めるんだ?」と指導されて、確かにそうだなと思いました。オーナーシップがないと物事は一生進まないし、それを進めるのは自分なんだという強いオーナーシップ教育に感銘をうけ、ワクワクしながらオーナーシップを実践し続けた2年間でしたね。
今考えれば、理想の経営者像やアスエネの行動指針はブラジルでの経験で色濃く形つくられたと思っています。
どのような経緯で起業することを決意したんですか?
元々起業志向はあったものの、ブラジルでスタートアップ経営の面白さに気が付いたことがきっかけとなります。毎週の経営会議で、重枝さんはブラジル人の社長とふたりで、あらゆることをものすごいスピードで意思決定していました。その姿を間近で見て、自分も経営にチャレンジしたいと強く思いました。30代前半に経営にチャレンジするなら方法はふたつ。ひとつはM&Aで経営陣としての出向、もうひとつは起業。その時に、学生時代から考えていたこの領域で勝負したいなと思っていたので、後者がよいと思いました。実は帰国したあとから起業の準備していたが、年の半分は海外出張でやりたいことやらせてもらっていたために実行に至らなかったが、尊敬する重枝さんがブラジルに赴任したのと同じ33歳になった時、このタイミングで仕掛けようと思い、退職して起業を決断しました。
夢の実現~ゼロからの成長物語~
2019年に起業されて、環境というキーワードであれば様々なものがあったとは思いますが、その中で現在のアスエネのビジネスモデルになったのはどのような意思決定があったのでしょうか?
スタートアップとして大企業と競争する際に、独自の強みを活かす必要があります。大企業にない強みって何なんだろうと考えると二つで、一つはテクノロジー、もう一つはスピード。一方、大企業はリソースの豊富さ、グローバルネットワーク、そして資金力、こういったところが強み。スタートアップとしてはアセットライトなビジネスモデルで、参入タイミングのスピードとテクノロジーを武器に競争できる領域を模索し、ビジネスモデルを絞り込んで選定していったという形です。
そして、「アスエネ」を創業しました。アスエネは、最初に再生可能エネルギー特化の電力小売事業からスタートし、次にCO2排出量を見える化のクラウドサービスを立ち上げました。この新たなビジネスモデルが急速に成長し、現在では主力事業となっています。さらに、ESG評価のクラウドサービス事業やカーボンクレジットの取引所など、テクノロジーを駆使し、スピードを活かしたマルチプロダクトの展開を行っています。当初から脱炭素産業に焦点を当てることを決めていたものの、ビジネスモデルの具体的な形は、その産業内での多様なアプローチから選択され、産業の課題をとくために柔軟に進化してきました。
競合他社も多い中、今も尚成長を続けられている理由や独自性・強みみたいなものはありますか?
そうですね。強みはたくさんありますが、一番の強みとしてはワンストップソリューションを提供できる点。私たちアスエネは、単にCO2排出量の見える化サービスを提供するだけでなく、CO2削減コンサルティングから改善策の提案、さらに再エネソリューションの提供やカーボンクレジット売買に至るまで、一気通貫したサービスを提供しています。この全方位的なサポート体制を一社で提供できるのはアスエネしかいなくて、一番の強みになっています。
また、テクノロジーの観点からの強みでいうと、自動化やサプライチェーンからの一次データを自動的に収集する機能があります。これも他社よりリードしている重要なポイントです。例えば、SAPやオラクルのような主要な会計ソフトウェアシステムと当社のクラウドサービスをAPIで連携させることにより、データを自動的に取得し、CO2排出量の見える化まで一気通貫で提供することが可能です。
SAP・ERPシステムに入力された電力・ガスデータ、人件費データなどを活用し、CO2排出量を自動的に毎月可視化することができます。このような自動化されたプロセスは、企業の持続可能な運営を支援し、環境への影響を正確に把握するための重要な手段となっています。
「アスエネ」以外にも、「アスエネESG」も事業展開されておりますが、いつスタートされたのですか?
アスエネのESG関連事業は、2022年末にスタートしました。日本国内で取り組む企業はいなかったので、一部海外事例も参考にしながら事業を開始しました。日本やアジアで取り組み始める企業も多いため、拡大余地が多分にあります。
実際に日本で事業を開始したときに、「企業間のESG評価をどのように行うのか、自動化・効率化ができないのかという声は、グローバルに展開する多く企業からあがってきました。
例えば大手消費財メーカーのサプライヤーは数千社あります。メーカーは、自社がESGの取り組みをするだけではなくて、サプライヤー企業がどれだけESGの取り組みをできてるかがとても重要なんです。
今までだと自社で調査票の作成、メール送付、データ回収、とものすごく手間がかかる。
実際に依頼しても返事が来ない、間違いが多いなど、適切なデータが取れないことがほとんどです。それをクラウドで自動化し、入力状況や進捗も全部リアルタイムでわかるようにして、回答した結果を全部スコアリング・レーティングで可視化ができます。ワンストップでお客様のESGの課題を解決できるためお客様からもご好評頂いており、現時点(2024年2月時点)で、約1万社まで導入が進んでいます。また、現在SMBCとアスエネの業務提携を通じて、金融機関の融資先企業のESGスコアの可視化とファイナンスの組み込みを進めています。
起業してから特に大変だったことを教えてください。
今も大変なのですが、創業初期の仲間集めが大変でした。特に一人目のエンジニア探しにはかなりの時間を費やしました。私はずっと事業開発や投資の経験はあったが、システム開発の経験はなく、そもそもエンジニアと話したこともない状態でした。同志として信頼できるエンジニアを探すべく、システム開発・ブロックチェーンの本を数十冊読んで要約し、それを基にエンジニア候補と議論しながら自分なりに知識をつけていきました。
そして、友人の紹介でエンジニアのラクマに出会いました。当時、ラクマはメルカリに勤務をしていたのですが、アスエネのプレゼンをして、一緒に開発しようと合意できたときは非常に嬉しかったですね。そこから開発の要件定義・設計・デザイン・開発実装のプロセスを通じて、ラクマと共にエンジニアリングの知識やスキルを学びながらプロダクトを立ち上げ、僕自身もプロマネとして成長することができました。
また、私が得意なのは「ファイナンス」や、新ビジネスモデルの構想・立ち上げの「ゼロイチの突破力」であり、この先の1-10を1,000にできる人材が必要だと感じていました。そんな中で出会ったのが岩田でした。彼が入社したことで一気に事業が加速し、共同創業者として取締役COOに就いています。
最初の1年間は投資家とともに一人で事業の全オペレーションをやっていたので一緒に戦ってくれる仲間の存在がこんなに大きくありがたいのかと感じましたし、これはメンバー全員に対して今でも思っていることでもあります。
苦労の末、今現在は優秀なメンバーが200人集まってきていると思いますが、採用がうまくいっている秘訣はありますか?
アスエネの魅力は大きく二つありまして、一つは「大義」。この気候変動問題の解決と、それに伴うCO2の見える化は地球レベルで課題だと思っています。2023年7月にも過去最高の気温を記録したりだとか、異常気象(豪雨・豪雪)が多発したりと、一個人が気候変動を体感するようなレベルになってきています。
また、ネットゼロやカーボンニュートラルを目指すという大方針も掲げ始めている中で、日本だけでなく、世界的な政策にも合致しているフィールドで仕事できる、気候変動問題をビジネスを通じて解決することが、次世代の地球環境を守っていくことになるというのは、非常に大義のあることにチャレンジできることが一つ魅力ですね。
もう一つは「急成長」。縮小産業よりも成長産業にいた方が自分の価値が高まり、色々なビジネスチャンスもあります。この産業にチャレンジすることで、人材の市場価値をあげられるとも思います。
またスタートアップは、成長率が高い企業の中でも前年対比500%成長できているのがアスエネです。
これらの「大義」と「急成長」、この二つに共感をしてくれてる仲間が集まってきてくれております。
資金調達マーケットが厳しい状況下の中、アスエネがうまくいっているコツや理由を起業家目線で教えてもらえますか?
特別なコツがあるわけではなく、凡事徹底で圧倒的に実行に拘っている。今51億円の資金調達に成功し、事業の核となる3つの事業を推進中。アメリカとシンガポールにグローバル拠点も設け、拡大を仕掛けています。
強いて言うなら、多くの人を巻き込むこと、その実行力の2つ。今の時代、情報は誰でもアクセスできるので、考えること自体はそんなに差がでない。だからこそ大事なのは実行力の量とスピード。これが競合他社との差別化に明確につながります。アスエネは、初期から実行力に重点を置き、強力なオペレーションを構築してきました。実は、オペレーション力とスピードにおいては、スタートアップの中でもアスエネはトップクラスだと自負しています。
この強いオペレーション力は、初期に築いた強固なカルチャー、早期のルール化・仕組み化にあります。10人、20人と成長する過程で、多くのスタートアップが直面する壁を感じることなく、今200名規模まで成長を続けられているのは、そのためです。初期段階でのカルチャーの構築と仕組み化が、結局は長期的な成長へとつながっている。
変革の先駆者~国境を越える次なるイノベーション~
業界全体の課題、御社がその中で更なる飛躍のために今向き合っている課題や今後の事業展望を教えてください。
昨年11月にUAEで行われたCOP28(第28回気候変動枠組条約締約国会議)で感じた最大の教訓は、日本の官民連携に関する非常に強い危機感。欧米と比較して、この連携が不十分であるとの認識を新たにしました。欧州では、気候変動の取り組みにおいて、国境炭素税(CBAM)のような政策を制定し、義務化することで、民間企業が積極的に脱炭素化を推進するインセンティブが生まれています。
このような取り組みは、気候変動対策の進展において重要な役割を果たしており、企業と政府が共同で目標に向かって努力する姿勢が示されており、日本でも見習うべき点が多いと感じています。
日本が気候変動対策の政策をリードし、産業を盛り上げることができれば、先進技術の輸出など、日本の国際競争力を高める大きなメリットが生まれます。実際に、CO2の見える化においては、欧州は進んでいますが、日本は他の海外よりも進んでおり、この分野でグローバルに展開する絶好のタイミングを迎えています。
だからこそ、アスエネは日本国内だけでなくグローバルに展開されているのですね。日本のスタートアップとして今後どのように世界と戦っていくのですか?
私たちがグローバル展開を加速させている理由は、日本での環境規制、特にCO2排出量の見える化が比較的早期に実施されたからです。これが海外展開にとって絶好のタイミングだと思いました。アジアではシンガポールに拠点を設け、アジアで既に多くの導入実績を上げています。また、アメリカ市場においても、2023年100%の現地法人を設立し、展開を開始しています。
私たちアスエネは、シェアや資金調達額の観点でもグローバル市場で勝負できる力を持っています。アメリカには強い競合がいますが、導入社数では私たちがリードしており、勝算の仮説を持っています。
特に私たちの強みは製造業向けのサービスにあり、豊富な実績と使いやすいシステム設計で、製造業のお客様から高い評価を受けています。アメリカの競合は製造業分野での導入が進んでいないため、この点でも私たちには大きなアドバンテージがあります。
私たちが目指しているのは、脱炭素+テクノロジーの領域で日本が世界に勝つというシナリオです。ITだけに焦点を当てると、すでにアメリカがその領域をリードしていますが、私たちの真の戦場は「脱炭素、テクノロジー、製造業です。製造業は日本の伝統的な強みの一つであり、この分野に脱炭素技術とテクノロジーを組み合わせることで勝機は高いとみています。
今後、日本やグローバルにおける官民連携を主導することにより、日本のスタートアップとしてもグローバルで勝てるということを体現していきます。
日本の多くの企業が上場後に海外展開を試みるものの、失敗に終わるケースが少なくありません。上場企業としては、3ヶ月毎の決算開示のプレッシャーのもと、海外戦略を成功させるのが難しいのが現実です。だからこそ、私たちはまだ非上場のうちに、海外での勝利を目指すための布石を打っています。このアプローチが、我々がグローバルで成功を収めるための鍵となるはずです。