AI技術の「ディープラーニング(深層学習)」が発表された2012年に設立され、AIの進化とともに成長してきたABEJA。AI・DXを用いて顧客企業に最適となる企業経営を支援している。同社の創業者であり代表取締役CEOの岡田陽介氏に、起業ストーリーやAI・DX時代を生き抜くために必要なスキルや心構えを聞いた。
夢を追いかける前夜~未来の起業家の軌跡~
コンピューターに興味を持ったきっかけは?
私がコンピューターに興味を持ったのは、小学5年生の時です。学校のコンピューター室で初めてインターネットを使い、その無限の可能性に魅了されました。当時、子供の世界は自転車で行ける範囲に限られていましたが、コンピューターを通じて、まるで新しい世界が開けたように感じました。伝統的な知識の習得方法から解放され、インターネットが直接問題の答えを教えてくれる新しい体験に、深い衝撃を受けました。
その体験からプログラミングに手を出しました。私は自分で何かを創り出すことに興味がありましたが、同時にかなりの無精者でもありました。プログラミングが自動的に作業をこなしてくれることに大きな魅力を感じ、それが私に合っていると思いました。
その後高校ではコンピューターグラフィックスを専攻されて、大学で起業されたと思いますが、起業の経緯を教えて下さい。
起業したのは、SNSが流行し始め、シリコンバレーで多くの起業家が現れた時期で、日本で画像共有サービスを立ち上げることにしました。システムは作れたのですが、すぐに大きな問題が発生しました。
この種のサービスは、ユーザーが増えるとクラウド上で保管する画像枚数も増え、サーバーコストが膨大にかかります。本来1千万円程の資金が必要なところを、大学生なので数万円のお小遣いで始めてしまったのもあり、そこで会社運営の難しさにようやく気が付きました。
私が最も反省したのは、「ビジネスをどう立ち上げて、どうやって企業やユーザーからお金を頂くのか」というビジネス感覚が抜けていたことです。テクノロジーだけでは会社は運営できないことを痛感しました。結局、半年ほどで会社を閉じて、大学を中退した後、当時取引先であったリッチメディア(現シェアリング・ビューティー)の坂本幸蔵社長からいただいたオファーを受けることとなりました。
多くの企業がエンジニアやデザイナーとしての採用だったなかで、坂本社長は私を経営メンバーとして採用してくれたのです。この異例のポジションに引かれ、入社を決断しました。
伏線としての社会人生活~ABEJA創業までの道筋~
入社後はどのような経験をしましたか?
坂本社長はサイバーエージェントでトップセールスとして成功し、その後起業した経歴を持つ方で、経営者としてのイロハを教えて頂きました。
入社後は、システムやデザインだけでなく、経理、財務、営業、マーケティング、事業計画立案、資金調達、新規事業開発、海外展開など、多岐にわたる業務を経験しました。初期は社長のサポート役から始まりましたが、成果を重ねることで、より大きな責任を担うようになり、業務の一部を委任されるまでに至りました。
入社10ヵ月には、新たな挑戦をさせて頂く機会がありました。
坂本社長からの『シリコンバレーに行ってみたら?』という提案を受け、新たなフィールドでの挑戦を決意しました。この経験が、私のキャリアにとって大きな転機となりました。
シリコンバレーに駐在してどのようなことがあったんですか?
この時期はまさにAIとディープラーニングの技術が注目され始めた時で、Googleが猫の画像を使って猫を検出するデモンストレーションを行ったことは、私にとって大きな衝撃でした。GoogleやFacebook(現META)のエンジニアたちとの会話の中で、この技術が世界に大きな変革をもたらすと確信しました。
シリコンバレーでの起業も考えましたが、法的な制約やビザの問題など、多くのハードルがあって、日本に戻り起業することにしました。
何故AIに興味を持ったかというと、単純に私の専門分野と近かったからです。
一般的にコンピューターサイエンスをやっている人でも他分野の論文は専門的すぎて理解できないものなのですが、ディープラーニングの論文は読むことが出来たのです。
論文が読めたことから、自分がこれまで持っているテクノロジー的なナレッジアセットがうまく使えそうだなと感じたことがはじまりでした。
ピクサーやGoogleなど、既存のプレーヤーに就職する選択肢もあったかもしれませんが、私にとってさらに刺激的で、未知の領域となる新しいことに挑戦してみたいという思いから、起業に踏み切ることを決意しました。
苦難を乗り越えて~事業拡大までの道のり~
創業時はどんなことをされていたのですか?また創業時の苦労を教えて頂けますか?
創業から今現在もそうですが、人材の採用というのが一番の課題でした。
最初から優秀なメンバーが揃ったわけではなく、人材採用には絶え間ない努力が必要でした。役員たちはずっと採用に頭を悩ませ、創業初期は仕事の大半が人材採用に費していましたね。ただそれだけでは事業もうまくいきません。当時は若かったので寝る時間を削って、営業、採用、プログラミングなど、多岐にわたる仕事をこなしていました。
課題とおっしゃっていた人材採用の重要性についてどう思われますか。
採用業務は人事だけの仕事ではなく、経営者が担うべき業務の一つだと考えています。 採用のタイミングとポイントは非常に重要で、各フェーズで何を重視して採用していくかを経営側でしっかりと認識していくことが大切だと思っています。
創業初期は、ある意味やるべきことが少ないため、自分自身が直接採用活動に出ることができました。これが良いメンバーを採用できた理由の一つです。私なりのスタートアップの組織論として、創業初期からダイバーシティの導入を図ることは難しく、創業時は同じ価値観や同質性を持ったメンバーが集まるものだと考えています。「強烈なパッションを持った人材」が集まるべきで、そのために、メンバーを結びつける魅力的な憲法である企業理念、ミッション、ビジョンが必要不可欠です。
だからこそ、社名というのも大事だと思っています。社名には何かしらの意味を持たせ、それを通じてフィロソフィーを示す必要があると考えています。
私たちの社名「ABEJA」は、スペイン語でミツバチという意味です。
ミツバチは自然界で様々な植物の媒介役を果たしており、植物の新たな命を生み出します。
自然界におけるミツバチのように、ABEJAは現代社会において、社会に対して新たな価値を創出し、100年後の当たり前を創っていきたいと考えており、この想いが、ABEJAという社名の起源になっています。
上場後は、社長業が増え、初期のように採用に直接関わることは難しくなります。しかし、会社のブランドパワーやオファーレンジが変わるため、これを理解した上での採用活動が重要になります。ブランドを生かし、より幅広い才能を引き寄せることで、組織をさらに強化していく必要があると考えております。
顧客と共に成長する~市場ニーズへの応答~
紆余曲折あったかと思いますが、ABEJAが成長する上でのポイントについて教えていただけますか?
はい、成長のポイントはいくつかあります。まず、我々が注力したのはかなり早い段階から様々な種を仕込むことでした。プロジェクト単位ではなく、4、5年後に結果を迎えるような長期的な戦略を採りました。そのような仕込みにおける努力が、世の中の潮目が変わるタイミングで急激に評価されることがあります。
元々、ABEJAは、2012年からディープラーニングやAI、機械学習の研究を進めていました。東大の松尾豊先生を含む多くの方がAIやディープラーニングを伝播し、ビジネスの世界に浸透し始めた2016年には、ABEJA Platformの基盤技術や特許を整備し、2018年に正式にリリースしています。当初、「これはなんの役に立つのですか?」と言われることもありましたが、それが後の成果につながることを確信していました。
実際、ABEJA Platformは、現在、ABEJAが展開するデジタルプラットフォーム事業の基幹となっています。ABEJAのビジネスモデルは、DXに必要な工程をフルマネージドで請け負う「デジタル版EMS」ですが、データの生成から収集、加工、分析、AIモデリングまでDXに必要な全プロセスを提供し、継続的で安定的な運用を行うことができるABEJA Platformが核です。
大規模言語モデル「ABEJA LLM Series」も同様です。ABEJAは、2018年より大規模言語モデル(LLM)の開発・研究を進めてきたことで、ChatGPTが台頭してきた2023年、日本国内において極めて早いタイミングで商用サービスとして提供することが可能となり、大きく注目されました。
何年も前から研究開発に着手することになるプロジェクトの遂行は、ビジネスにおいては簡単な話ではなく、成長やスキルセットが十分に評価されない時期もありましたが、それを乗り越えていくと、あるタイミングで時代が追いついてきて評価される。ただし、評価されていることに安心安住しすぎず、次の階段をつくるためには挑戦し続けることが必要です。そういった成功を3回、4回と経て、今のABEJAがあると考えています。
独自性の秘密~我々の事業が際立つ理由~
ABEJA Platformの強みを教えてください。
まず、Human in the Loop(ヒューマンインザループ)というアプローチがあります。これはAI導入において発生する4つの課題(※下記に参照)を総合的にカバーしていると言えます。
Human in the Loopは、ABEJA Platofomに運用ノウハウや知識データを蓄積し、人とAIが協調してオペレーションする環境を創出する仕組みです。
POCをやらずに移管出来ることが重要なポイントの一つなのですね。
そうです。AIの導入においては、まだまだ多くの企業が、AIの精度が十分ではないことを理由にPoCを繰り返しているのが実態です。しかし、AIの精度向上を図るためにPoCを繰り返し、いつまでも本番環境に導入できず、企業にとって投資期間・投資コストが高い案件となった結果、PoCで終わるケースは多いのです。こういった事態に陥ることを避けるためには、最初からビジネスプロセスに組込み、実運用を早期に開始することが大切です。
このアプローチを目指さない限り、AIを利活用することは難しいでしょう。
Human in the Loopは、最初からABEJA Platformをビジネスプロセスに組み込み、人がAIを育てていく発想です。この仕組みを活用することにより、ABEJAは、データの不足やAIが効果的に学習することができない、高い精度を発揮できないなどの初期段階においても、本番環境での実運用を可能としています。投資期間が短く、導入企業にとっても望ましい仕組みを提供できる唯一の企業だと自負しています。
その結果、ABEJAは他社と差別化できているということですね。
はい、主要なパテントを押さえ、他社にはない強みを持っています。そのため、NVIDIAやGoogleなどもABEJAをアタッチポイントとして選んでいるのだと考えています。
「ゆたかな世界を、実装する」を経営理念に掲げる私たちの姿勢として、解が一つではなく抽象的で難解な課題にこそ真摯に取り組むことが大事であり、それがABEJAの特徴です。
ABEJA Platformの強みがあるなかで更なる飛躍へ考えていること
まずはAIの進化についてお聞きしたいです。AI領域においては、現在、大規模言語モデル(LLM)の台頭が注目されていますが、その中でABEJAが注力している分野や次なる展望について教えていただけますか?
技術的な進化において、AIは学習能力や知識の部分で大規模言語モデル(LLM)によって更なる発展をするでしょう。しかし、AIには「体」がありません。我々はこの点に着目し、ロボットとの連携に注目しています。ロボットは自己動作ができ、トライアンドエラーが可能なものであり、様々な分野において応用可能だと考えています。これが実現することで、産業構造がさらに大きく変わる可能性があり、そのインパクトは非常に大きいと思っています。
現在御社が直面している課題は何でしょうか?
課題として挙げられるのは人材獲得です。競争が激化していることに加え、ABEJAでは顧客企業のミッションクリティカル領域における責務を担える人材が求められます。
ABEJA Platformは、人の生死に関わるほどの重要なプロセスや業務に導入していただくケースが多いため、顧客企業に対してレベルの高いアプローチができる人材が必要となります。こうした人材の獲得は難しく、彼らにどうアプローチするかが大きな課題です。これを解決するために、我々は戦略的なアプローチを検討し、取り組んでいるところです。
ABEJAの人材について
テクノプレナー人材という言葉がABEJAで採用において重要視されていることを聞きましたが、これはどのようなコンセプトから生まれたのでしょうか?
テクノプレナーシップは、海外のMBAコースでよく使われる言葉で、テクノロジーとアントレプレナーシップを組み合わせたものです。ABEJAではこれにリベラルアーツの要素を加えています。テクノロジーは進化していますが、そのテクノロジーを用いて何をするのか、それを定義できなければ事業にはなりませんし、社会も前進しません。
リベラルアーツは環境や社会的な側面だけでなく、人間としての在り方も含みます。私たちは、まだ取り入れている企業が少ない2012年からリベラルアーツの視点を必要だと考え、行動精神に取り入れてきました。
リベラルアーツとテクノプレナーシップがABEJAの人材において重要なポイントなのですね。御社では倫理委員会も設けているとおっしゃっていましたが、これはどのような経緯から生まれたのでしょうか?
ABEJAは、有識者が倫理、法務的観点から討議する委員会「Ethical Approach to AI(EAA)」を2019年に設けました。設立した際には、売り上げや利益にどう結びつくのかという意見も出ました。しかし、すべてのAIのリスクヘッジポイントをAIで判断することはできないため、ディープな議論が必要です。
これらをABEJAの経営陣だけで進めると偏りが生じるため、建設的かつニュートラルに議論できる人員を確保する必要がありました。当時も今も、インシデントの発生などで企業価値や株主価値が損なわれてしまうリスクを最小限にするため、倫理委員会の設置は必要不可欠だと考えています。私の中でリベラルアーツが重要だと思っているのは、このような経営判断をする上で必要なものなのです。従って、メンバーにもこの行動精神を持って欲しいという思いがあります。
ABEJAがテクノロジーの中で倫理的な側面も重視していることが理解できますね。具体的にはリベラルアーツにおいて、どのようなスキルや考え方を求めているのでしょうか?
リベラルアーツで求めていることは非常にシンプルで、考えることを止めないでほしいということです。多くの企業が答えを求めてくる中、事業にも社会にもAIにも解がないものは多くあります。我々はもがき、苦しむ中で答えを編み出しており、全方位において正しい答えを安易に提供しているわけではありません。だからこそ、考えることを止めた時点で失われてしまうものがあると考えています。
IPOを基準として過去(苦労)と未来(課題)について
岡田さんがIPOを意識し始めたのはどのタイミングからでしょうか?
会社設立以降、ずっとIPOを目指していました。IPOは目的ではなく、手段だと考えています。約10年かかりましたが、逆にこれは良かったと思っています。この業界の技術は花が咲くまでに時間がかかります。ディープラーニングやMLOps、ABEJA Platform、大規模言語モデル(LLM)などの研究開発は未上場だからこそできた、先行投資でした。
こうした我々が先行投資をしてきたものが、成長を飛躍させたポイントだったと感じています。これらの取り組みが評価され、株式市場に参入できたことは良かったと思っています。今後もこのような先進的な取り組みを進めていきたいと思っております。
IPOを基準として過去についてお聞きしたいです。苦労した点や後悔されたことがあれば教えていただけますか?
特に人事に関しては苦労しました。人の配置や採用では後悔もあり、2年の事業時間を無駄にしたと未だに感じているほどです。しかし、最終的なリターンポイントを大きくすることが重要であり、それに向かって進んできた結果が今の状態だと考えています。
続いて、未来についてお聞きします。岡田さんが変えたいと思っている世界や未来のビジョンについて教えていただけますか?
私はほとんどの人が「働かなくてよい」世界を作りたいと考えています。最近ではAIによって仕事が奪われるのではないかという懸念が広がっていますが、働かなくても生活できる仕組みがあれば、それはそれで素晴らしいことだと思います。例えば、私は今、那須に住んでいますが、朝起きて温泉に行き、マッサージを受け、子供と遊んで、子供と一緒に寝るという理想の生活も実現できます。
もし働かなくても生活できる仕組みがAIやテクノロジーを駆使して整っていれば、働かなくてもよい世界を実現できるのではないかと考えています。これは21世紀か22世紀に実現する可能性があると思います。逆に、働くことが好きな人たちやイノベーターたちは、お金よりも環境論やアートなど、人間的な価値を増強する方向に進むでしょう。
地球という環境の価値を増強するものに取り組めるようになれば、セーフティラインとアップサイドを同時に追求できるモデルができるでしょう。これによってリスクリターンポイントが大きく変わり、人々の人生にポジティブな影響を与えることが期待されます。 起業家という観点でも同じで起業後に上場する方もいれば、一方でうまくいかない方も多くいます。
そのようなリスクリターンが大きすぎると、挑戦する意欲を失う人も多いでしょう。リスクがある程度極小化されると、もっと多くの人が新たな挑戦に取り組むのではないでしょうか。ベースとなる富はAIが作り上げ、それを再分配することで良い循環が生まれるでしょう。OpenAIなどもこの思想で始まり、こうした未来が本格的に始まる時期が近づいていると感じています。私たちは、産業構造の改革を図り、「ゆたかな世界を、実装する」という経営理念を実現することを目指しています。