
『そろそろ水をあげましょう!』今までは目視と経験を頼りに野菜に水をあげるタイミングを把握していたが、現在はスマホで確認することができる。他にも生育状態の把握が可能であり、オフィスの片隅でも瑞々しい野菜が育つ時代が目前に迫っている。
その未来にいち早く着目したのが、176年の歴史を持つインテリア業界のリーディングカンパニー、サンゲツだ。
インテリア壁装材でトップシェアを誇るサンゲツが、なぜアーバンファーミングを手掛けるスタートアップ企業プランティオとの提携に踏み切ったのか、その背景には、伝統企業の大胆な変革ストーリーが秘められていた。

写真左から
プランティオ株式会社 代表取締役 CEO
芹澤 孝悦(せりざわ たかよし)さん
株式会社サンゲツ 事業創造推進室長(取材時)
安藤 昌輝(あんどう まさてる)さん
株式会社サンゲツ 事業創造推進室 事業創造推進課 リーダー
國吉 奈於(くによし なお)さん
株式会社サンゲツ 事業創造推進室 事業創造推進課長
幸迫 淳子(こうさこ じゅんこ)さん
新しい“人と植物の関わり方”を創るプランティオ社について
芹澤:私たちは農業というより、一般の方が野菜を栽培できる環境を提供することにフォーカスしたスタートアップです。世界的に見てもこの分野に特化したスタートアップは非常に少なく、私たちはその数少ない企業の一つです。
事業の核は、野菜栽培をより身近なものにするためのテクノロジーです。センサーを活用し、『そろそろ水をあげましょう!』 と通知をして、栽培をサポートするシステムを開発しています。これにより、一般家庭でもオフィスでも、誰もが簡単に野菜を育てることができます。

安藤:都市部での農園拡大に取り組んでいると伺いました。
芹澤:実際に世界的にも都市農の流れは加速しています。ニューヨークではマンションの屋上に農園を作る取り組みが進んでいますし、ロンドンでは3,700カ所以上の都市農園が存在します。
コペンハーゲンでは、建物の緑化だけでなく、地産地消を促す仕組みも推奨されています。私たちもこのようなトレンドを取り入れ、日本でも都市部での野菜栽培を普及させたいと考えています。

安藤:確かに、世界的に見ても都市の緑化や環境貢献は重要なテーマになっていますよね。加えて、食料安全保障の観点でも意義のある事業ですね。
芹澤:その通りです。食に触れる機会を創出することで、コミュニティの活性化やウェルビーイングの向上にも貢献できると考えています。
創業から176年。オープンイノベーションを加速したサンゲツ
安藤:当社は1849年に創業し、内装材を中心に事業を展開してきました。現在、壁紙や、カーペットなどの床材、ファブリックといったインテリア製品を提供していますが、実は30〜40年間、国内でのインテリア事業をメインとする収益構造はほとんど変わっていません。
そこで、新たな事業を探索、創出するため、2024年に『事業創造推進室』を立ち上げました。コア事業の成長戦略を深掘りしながら、新たな市場に向けて事業を創造するというのは大きなチャレンジです。
その中で『ウェルビーイング』や『サステナビリティ』といったテーマが今後のビジネスにとって重要になってくると考えています。我々も、人々がより快適に過ごせる空間づくりを進める中で、緑や食といった要素をどのように取り入れるかを模索しています。

芹澤:今回ご一緒させていただく取り組みのポイントは、オフィスや都市部の空間で野菜栽培をハブとしたコミュニケーションを生み出すことにあります。
オフィス内に留まらず、都市部のビルの屋上、街中や家庭など、さまざまな場所に展開できる可能性があります。

大企業とスタートアップ、各社の課題とは
プランティオの課題について聞かせてください。
芹澤:プランティオはこれまで、ビルの屋上や公園、ご家庭のベランダなど、屋外での都市農(アーバンファーミング)に注力してきました。
しかし、近年では「屋内での野菜栽培」に関するニーズが急速に高まっています。スタートアップの特徴として、新しい技術開発や製品改良に柔軟に対応できる一方で、大規模な市場展開にはパートナーシップが必要不可欠です。
そのため、屋内農園の本格的な展開には、サンゲツのような空間デザインや施工に強みを持つ企業との連携が重要になると考えています。

サンゲツの事業創造推進室が抱えていた課題とは。
幸迫:2024年4月に事業創造推進室を立ち上げましたが、その前身となる半年間の社内プロジェクトでは、まずは自社内で新規事業の種を探し、形にしようと考えていました。
廃校の活用や、自社所有の建物・倉庫の利活用といったアイデアを出しました。アイデアはたくさんありましたが、実際に形にするためにはリソースなどの課題があり、なかなか事業として成り立たなかったんです。

ーーなぜ共創にシフトしたのでしょうか。
安藤:「自社だけで事業を創るよりも、スタートアップを含むパートナー企業と協力しながら新しい価値を生み出す方が、スピード感があり現実的ではないか?」と考えました。
ここで重要だったのが、サンゲツが「場づくり」の企業であるという点です。
スタートアップのアイデアや技術と、サンゲツが持つ空間デザインや施工のノウハウを掛け合わせることで、より実現可能な事業を創れるのではないかと考えました。
偶然のようで必然だった最初の出会い
安藤:サンゲツがプランティオと出会ったのは、ソーシング・ブラザーズの紹介がきっかけでした。この時点でサンゲツの事業創造推進室は設立されたばかりで、スタートアップとの協業経験がなく、何をどう進めていけばよいのか手探りの状態でした。
そんな中で、最初に紹介されたのがプランティオだったんです。

ーーどのようなところに惹かれたのでしょうか。
安藤:スタートアップ企業は、新しいものを生み出す華やかな存在だと思っていて、彼らが大きな社会課題に立ち向かっていることは、正直、想像できていませんでした。もちろん、野菜が将来的に不足するかもしれない、とまでの考えも及んでいませんでした。
しかし、芹澤社長のお話を伺い、食糧問題がすでに現実のものとして迫っていることを知り、驚かされました。スタートアップとの協業は、単なる新規事業の創出ではなく、社会課題を解決するための重要な手段にもなり得るのだと、強く実感した瞬間でした。
芹澤:スタートアップというと、突拍子もないアイデアから生まれるものと思われがちですが、実は何年も抱えられてきた社会課題を吸い上げ、それを解決しようとするケースが多いです。
その背景には、過去のレガシーをしっかり理解した上で取り組んでいることがあるのではないかと思います。だからこそ、大企業の方々も「確かにそうだよね」と、意外にも理解しやすいのかもしれません。
また、スタートアップと大企業は、一見対極にあるようでいて、実はどちらも長年の課題に向き合っているという点で共通する部分もあります。 そうした共通点があるからこそ、両者の協業は自然と進んでいくのだと感じました。
共創までの軌跡
芹澤:屋内アーバンファーミングの構想に最初に着手したのは2017年です。それから今日に至るまで、常に試行錯誤の連続でした。私たちは開発プロセスをフェーズ1からフェーズ5までに分けて進めていますが、フェーズ1からフェーズ4までは本当に手作りの状態でした。
最初は木の枠を作り、プランターを入れて栽培を試みるところから始めました。しかし、カビが生えたり、強風で壊れたり、日照量が足りず枯れてしまったりと、何度も失敗を繰り返しました。その都度、改良を重ね、より良い形を模索してきました。

現在のインドアファーミングユニットの形になったのは最近のことです。現在のフェーズ5に到達したのは、昨年、SushiTech東京の場で東京都から「屋内向けのソリューションはありますか?」と尋ねられたことがきっかけでした。
当時、私たちはまだフェーズ4の木製モデルを試作している段階でしたが、その場にいたパートナー企業の一社が「うちで作りますよ」と申し出てくれたのです。
ーーさまざまなパートナー企業との協力が、プロジェクト成功の鍵だったのですね。
芹澤:本当にそうですね。私たちはスタートアップ1社だけで何かを成し遂げられるとは思っていません。スタートアップの一番の弱点は、1点突破の戦略をとったとき、その1点が突破できなければすぐに行き詰まってしまうことです。
だからこそ、私たちは社会とセッションしながら、共に成長していくことを大切にしています。この ことはスタートアップをやる企業には是非知っておいてもらいたいと思います。
安藤:インドアファーミングユニットが現在の形 に至るまでに6年の歳月がかかったわけですが、私たちはその”血と汗と涙の結晶”とも言える成果を活用させていただいている、という認識です。
その試行錯誤から蓄積された経験や知見をしっかりと受け継ぎながら、さらにブラッシュアップしていく必要があると考えています。

安藤:実は、私自身もこの部署ができる前は、商品開発に携わっているのでその苦労がよくわかります。長い時間をかけ、試行錯誤を繰り返しながら、ようやく形になったものの価値は計り知れません。
新しいものを市場に出すまでには、何千、何万という試作品を重ねることも珍しくありません。そういった背景を理解しながら、一緒により良いものを創り上げていけることに、大きな意義を感じています。
サンゲツとプランティオのこれから
ーーまずはどんな展開をイメージしているのでしょうか。
幸迫:インドアファーミングユニットに期待するのは、まずはオフィスにおけるコミュニケーションの活性化です。
オフィスにおける最大の課題のひとつは、部署や職種を超えたコミュニケーションの機会が限られていることです。固定席がないフリーアドレスの環境でも、隣に座る人が毎日変わるため、深い関係を築くのが難しくなることもあります。場を作ることはもちろん、そこで何を生み出すかが大事です。

幸迫:オフィスは単なる仕事の場ではなく、コミュニケーションやクリエイティブな発想を促進する場であるべきです。
インドアファーミングユニットを導入することで、「野菜を育てる」という共通の活動がコミュニケーションのきっかけとなり、社員同士のクリエイティビティを育む機会を生み出します。
都市部のオフィス環境では、自然に触れる機会が限られています。しかし、植物を育てることで、社員の精神的なリフレッシュやストレス軽減につながり、野菜が目に見えて成長していく喜びも感じられる。
これは、社員にとってのウェルビーイングや、日々の仕事の中での達成感や満足感にもつながります。このような効果をプランティオと実現したいです。
ーー更なるプランもあると伺いました。
幸迫:屋外アーバンファーミング分野では、当社のエクステリア事業と連携したウチ・ソト提案をさらに進化させ、豊かな空間の総合的なソリューション提案を展開していけるのではないかと思っています。
國吉:オフィス内で野菜を育てることができる人は限られていますし、大量に設置するのも難しいですが、育っている様子を見た人が「自分もやってみたい」と思うことで、波及効果が生まれるのではないかと期待しています。
例えば、オフィスで興味を持った方が、近くの屋外にアーバンファーミングがあることを知り、参加する。その人が「うちのマンションにも導入できないか?」と提案してくれるかもしれません。
実際に、すでに「自宅でやりたい」と言ってくれる社員もいました。そうやって、徐々に世の中に広がっていくのではないかと期待しています。
ーーその広がりをさらに促進するために、どんなことを考えていますか?

國吉:例えば、 収穫に合わせて食に関するイベントを開催するのも一つのアイデアです。育てた野菜を収穫し、最後は皆で食べて楽しむ。この”体験”を共有することもコミュニティ作りに大切なポイントになると思います。
空間で出来る体験価値の提供はサンゲツとしても初めての試みなので、どのような反応が得られるかとても楽しみにしています。 実際、間引きの際に試食した小さなバジルやパクチーでもしっかり味を感じましたし、普段食べることの無いサイズや新鮮さも一つのインパクトにもなるはずです。
このように、単に育てるだけでなく、食べる楽しさまで提供するなど、より広い視野でインドアファーミングのメリットを訴求し、より多くの人に興味を持ってもらえるような仕組みを作っていきたいと考えています。
