2023年11月、傘のシェアリングサービス「アイカサ」を展開する株式会社Nature Innovation Group(以下、アイカサ)は、前澤化成工業株式会社(以下、前澤化成工業)からシリーズAエクステンションラウンドの資金調達を実施し、資本業務提携契約を締結したと発表しました。気鋭のスタートアップと、水インフラの分野では知る人ぞ知る老舗メーカーが、どうして手を組んだのか。そこにはどのような戦略とビジョンがあるのか。アイカサ代表の丸川照司さん、そして前澤化成工業 経営企画室 室長の大庭広紀さん、担当課長の新谷明史さんにお話を伺いました。(写真左=前澤化成工業株式会社 代表取締役社長 久保 淳一さん、写真右=株式会社Nature Innovation Group 代表取締役 丸川照司さん)
創業70年の上場メーカーが、創業6年のスタートアップに声をかけたワケ
ー資本業務提携に至った背景から教えてください。それぞれどのような課題を抱えていたのでしょうか?
新谷:弊社の最大の課題は、新規事業領域の開拓でした。私たちは創業から70年にわたり、主に戸建住宅の水回りに関連した上下水道関連製品の開発・製造・販売を手がけてきた会社です。ありがたいことに「水のマエザワ」とも呼ばれ、業界トップシェアの製品も数多く保有しています。ただ、そうやって既存事業が堅実な成長を遂げてきたゆえに、なかなかそれ以外の事業領域を見出すことができなかった。弊社の強みであるプラスチックの成形技術を生かせば、より幅広く世の中に価値を提供できると考えていたのですが、その想いをなかなか具現化することができずにおりました。
丸川:私たちは、多くのスタートアップと同じように「事業をスケールさせるための資金をどうやって調達するか」という課題を抱えていました。そのうえで、できることならば業務提携が可能な事業会社から資金を調達したいと望んでいました。これまでの経験から、資金調達によるレバレッジを最大化するには、それが最善だと考えていたからです。とはいえ、そんな希望通りのパートナーは、普通なかなか見つからないのですが。
ー今回はまさにそんな理想的なアライアンスが実現したわけですよね。前澤化成工業様からアプローチがあったと伺っています。
大庭:そうですね。自社だけで新規事業を創出できないのであれば、スタートアップと共創したらどうか、とは以前から考えていました。しかしながら私たちには特別なコネクションもなければ、リサーチのためのリソースも不足していました。そこで相談したのが、大企業とスタートアップを結びつけてオープンイノベーションを促すことを得意とするソーシングブラザーズさんです。10社以上のスタートアップをご紹介いただくなかで、最初にお会いしたのがアイカサさんでした。
ゴールは同じでも、アプローチはまったく別。だからこそ生まれる化学反応
—お互いの第一印象はいかがでしたか?
新谷:まずはやはり「傘のシェアリングサービス」という事業の斬新さに惹かれました。丸川さんの丁寧な説明のおかけで、それがどのような仕組みでビジネスとして成立しているのかも、すぐに理解できました。「スタートアップのみなさんは、こういう発想で事業をつくっているのか!」と目が覚める思いでした。
大庭:私も元々シェアリングエコノミーには関心があったのですが、「傘のシェアリング」なんて考えたこともありませんでした。同時に「8,000万本の使い捨て傘をゼロにする」というビジョンの明確さ、そこに向けて邁進する丸川さんの情熱にも心を打たれました。気がつくと「私たちに手伝えることはないだろうか?」と自然と考えていたほどです。
丸川:少なからず緊張していたはずなのですが、記憶に残っているのは「とにかく話しやすかった」ということです。資金調達や業務提携といったこと以前に、もっと土台の部分、ビジネスや社会貢献にかける想いの部分に共感していただいているという手応えがあったので「これは素晴らしいご縁になるかもしれない」と感じました。
大庭:そう言っていただけると嬉しいです。弊社も水インフラを支える企業のひとつとして、社会貢献を常に意識してきました。一方で、私たちは主にBtoB向けに事業をしている会社です。それに対してアイカサさんは、より一般のユーザーに近いところでサービスを展開されている。同じように社会貢献を目指していても、そのアプローチはまったく異なるわけです。けれど、だからこそユニークな化学変化を起こせるかもしれない。そんな予感がありました。
プラスチックというサビない素材が秘めた、社会貢献のポテンシャル
—丸川さんは当初から業務提携できるパートナーを探していたと仰っていましたが、どのような提携があり得ると感じていましたか?
丸川:これは今もそうですが、最も可能性を感じていたのは、傘や傘立てといったプロダクトの品質向上です。ものづくりの第一線で活躍されてきた前澤化成工業さんから学べることは山ほどあります。製造効率を高めるために意識すべきポイントはどこなのか。品質管理をどのように考えればいいのか。そもそも、ものづくりと、どんな姿勢で向き合えばいいのか。実は一度、工場見学をさせていただいたのですが、そのときにもさまざまな学びがありました。
大庭:弊社のものづくりの姿勢を理解していただくには、メーカーの心臓とも言える工場を見ていただくのが一番だと思ったんです。丸川さんは現場の技術者にも熱心に質問されていましたよね。
丸川:本当に貴重な体験でした。お話しを伺うなかで、以前からぼんやりと思い描いていた「前澤化成工業さんの技術をお借りすれば、弊社が抱えているプロダクト面での課題を解決できるのではないか」という仮説が確信へと変わっていったことを覚えています。
—具体的にはプロダクトにどのような課題があったのでしょうか?
丸川:アイカサで提供している傘立ては、部品の一部に金属を使っているのですが、そこが雨風によってサビてしまうという課題を抱えていました。そうなるとユーザーのみなさんに気持ちよく使っていただけないし、何よりもプロダクトの耐用年数が短くなってしまいます。けれど前澤化成工業さんの技術があれば、金属部分をプラスチック樹脂に置きかえられる可能性があることがわかったんです。
新谷:歴史を辿れば、水インフラを支える製品もほとんどが金属製でした。それが次第にサビに強い樹脂製のものに置きかえられていった。そのなかで弊社は、複雑な形状の樹脂製配管を製造する技術を磨くことでシェアを伸ばしてきました。つまり、金属部品の樹脂化は私たちが最も得意とする技術なんです。
丸川:このお話しを聞いたとき、まさに目から鱗でした。樹脂化によってプロダクトの耐用年数を伸ばすことは、環境負荷の軽減にも直結します。「ゴミを増やしたくない」というシンプルな想いが根幹にあるアイカサというサービスにとって、これは大きな一歩です。
資金調達と業務提携をセットで実行することで、企業価値を最大化
—今回は単なる業務提携にとどまらず、前澤化成工業様がアイカサ様の株式を取得するかたちで資本業務提携を結ばれています。こうしたアライアンスのあり方を選んだ理由を改めて教えてください。
丸川:私たちには最初にお話ししたように資金調達のニーズがあったので、資本業務提携という選択はごく自然なものというか、「ぜひお願いします!」という感じでした。
新谷:弊社としては資本を絡めることで、丸川さんたちが築いてきたアセットに敬意を示すとともに、私たちの本気度を示したいという意図がありました。
大庭:私たちはあくまでも対等なパートナーです。弊社はメーカーとして新たな領域でのものづくりに挑みたい。アイカサさんは、プロダクトの品質を改善することで、サービスの価値をさらに向上させたい。そういうWin-Winの関係性を長続きさせていくためにも、今回は資本業務提携という一歩踏み込んだアライアンスのかたちを取るべきだと判断しました。
—そうしたWin-Winの関係を構築できるパートナーを探している企業は少なくないと思います。今回のアライアンス締結から得た学びがあれば、ぜひシェアしていただけると嬉しいです。
丸川:既にお話ししたこととも重なりますが、資金調達と業務提携をセットで考えるという戦略の有効性を改めて実感しましたね。たとえば、今回の資本業務提携によって傘立ての耐用年数が伸びれば、原価率が圧縮され、それはそのまま営業利益の向上に直結してきます。そうなれば私たちはよりスピーディーに事業をスケールさせられるし、より高いリターンをお返しすることもできる。ちなみに、どんな事業会社と組んだらいいのかわからないというスタートアップには、取引先をすべてリストアップしてみることをおすすめします。自分たちの事業がどんな企業とつながっているのかが見えてくるはずです。
大庭:私はアイカサさんや、仲介してくれたソーシングブラザーズさんとお話しするなかで、「社外の視点」を導入することの重要性が身にしみてわかりました。やっぱり私たちのようなメーカーが、自分たちだけで新規事業を考えようとすると、どうしても視野狭窄に陥ってしまう。ついつい既存の事業の延長線で物事を考えてしまうんです。まったく新しい領域に挑みたいのであれば、社外のパートナーの声にも積極的に耳を傾けるべきだと思います。
新谷:そう聞くと「そんなことウチには前例がないからできない」と考えてしまう方もいるかもしれません。私たちもそうでした。でもやっぱり、本気で新しいことをはじめたいなら、やったことがないことをやるしかない。当たり前のことかもしれませんが、私たちにとってはそれが一番の学びでした。
—最後に改めて今後の展望を教えてください。
丸川:ものづくりに限らず、前澤化成工業さんから私たちが学ぶべきことは、まだまだたくさんあるはずです。それを吸収しながら、企業価値のさらなる向上に努めていきたい。まずはアイカサをスケールさせることが目標ですが、それも決してゴールではありません。循環型社会の実現をリードできる企業として、大きく成長していきたいと考えています。
大庭:アイカサさんとのコラボレーションは、前澤化成工業という会社の見え方を変えるきっかけにもなると思っています。これまで培ってきたものづくりの技術をベースにしながら、より幅広い領域で社会に貢献できる企業になれたら嬉しいですね。
新谷:私たちの技術が、水にかかわるインフラ以外の領域でも生かせるとわかったことは、本当に大きな収穫でした。これからはアイカサさんをはじめ、ソーシャルグッドな事業を展開するさまざまな企業を、ものづくりの力でバックアップしていきたい。それも私たちメーカーだからこそできる社会貢献のひとつのあり方だと感じています。